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このエロマンガがエロい!2016

 今年の12月は、23日(祝)、24日(土)そして25日(日)というジェットストリームアタックで、色んな意味で消耗する。あつらえたかのような土曜日は、色んな事に励む恋人たちでリアルは充実し、電脳空間は閑散とするだろう。だからこの性夜、とびきりのエロマンガを紹介する。

 これからオススメするものは、年100作品を消化するわたしが厳選を重ねた逸品ばかり。広さと深さを追求した[スゴ本ブログ]とは異なり、誰もが知ってる王道ばかりかもしれぬ。だが、それはそういう趣味に近い作品を並べたリストとしてご笑覧いただければと。

 では、どういう趣味か(←これ重要)。ニーズに合わない作品を押し付けられても辟易するだけ。なので、わたしのニーズをまとめるとこうなる。

 1. 女の子がまんざらでもない感じ
 2. 乳お化け苦手、断面図は慣れた
 3. 現実的な肉付き
 4. 暴力・闇オチは好きだけど非実用的
 5. イキ顔イキ声重要

 まず1のシチュエーション。「まんざらでもない感じ」が大切だ。弱みを握られたり実は秘かに好きだったという設定が前段で描かれ、「しししし、しよーがないなー」と言いながら応ずるのがベスト。2や3の描写は「好み」。ロケット巨乳よりも、ささやかな方がソソるし、下腹・腰周り(≠尻)にわずかに贅肉が描いてあると、「こいつ分かってる」と思う。4.はまんまで、5.は、あえぎ声が堪えている「ん」音から慎みがなくなる「あ」音に変わるとリアルに感じる。

 この趣味で、今年読んできた中で、ベスト3は、これになる。


放課後バニラ

きい


放課後バニラ

 20代前後の初モノが基本。やわらかい絵柄で描かれた、甘酸っぱい青春モノに、ドスケベな情交がついてくる。そのギャップがファンタジーでありドキュメンタリーであり、「やれたかもしれない世界線」なのだ。お互いに好意を持ってて性に興味はあれど、「その一線」をどうやって越えるかが腕の見せ所。たとえば、修学旅行の夜にシてるのをミちゃったとか、就職面接のために上京してきた姪がシャワーから出たところと鉢合わせしたりとか。日常的な交友関係を超えるハプニングの持って行きかたが抜群にうまいのだ。行為の場面のギャップは特筆に価する。あの清純な笑顔の裏にこんなにえっちで愛たっぷりのドロドロ顔&局部を隠していたなんて……! 彼が好きだ! という気持ちが溢れていて、読んでるこっちがニヤけてくる。


とくべつな毎日

柴崎ショージ


とくべつな毎日

 高校生がメイン。田中ユタカを思い出させる顔つきに、よりリアルな体つき(つまり、胸はそんなに大きくないし、腰つきは現実的にしっかりしているし、ふくよかな子はふくよかに描かれている)。アニメ的なデフォルメされた胸尻でないのがいいのだ。田舎のフツーの、どちらかというと優等生カップルの恋愛が、ふっと一線を越えてしまうのがまたいい。私が高校生のときにしたかった恋(けれども絶対にありえない)が、私のために描かれているかのようで胸熱になる。えっちな場面も「ふつうにえっち」なのがいい。アクロバティックな体位や妙な技巧なんてなく、ひたすら愛し合う姿がこれまた生々しい。


ぱんでもにうむ

なぱた


ぱんでもにうむ

 これはエロい。シャープな線でスレンダーな身体なのに、その場所は柔らかそうに描いてある(これはすごい)。義兄妹とか許嫁とか、疑似家族から結ばれる変化球的な恋。好き同士が結ばれるのはいいとして、ひたすら快楽をむさぼる女の子の姿は、性の喜びを知りやがって……! と言いたくなるが、ひたすら羨ましいぞ。これも清楚な表情だったのが欲情に歪むギャップを愉しむもの。これ、イクときの「~~~っっ」的な顔が素晴らしい。自分の身体についてあらためて驚いており、その快楽を怖いくらいに感じている姿が可愛らしい。萌え出るような控え目な若草もいい。無毛が流行る昨今、リアルに描かれているのはポイント高し。

 あらためて振り返ると、若者同士の貪るような性愛を(感情面も含めて)しっかり描いているのが好みのようだ。これはいわば、代償行為やね。わたしにとって、「なかった性春」の記憶を、エロマンガで上書き保存しようとしているのだろう。実用に供することもあるが、ときどき、甘酸っぱい気持ちになりたいときに恋愛パートだけ読み返したりしている。

 以上、3作品を紹介したが、「それが良いならコレなんてどう?」というのがあれば、是非ゼヒお薦めしてほしい。巨乳・断面・性奴隷のファンタジーではなく、相思相愛ラブラブな読ませるやつを、お願いいたしまする。
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劇薬小説『左巻キ式ラストリゾート』

左巻キ式ラストリゾート 読む暴力。セックス&バイオレンス描写の破壊力のみならず、そのコンテンツを嗜む人を狙い撃つ悪意という名の善意が残酷すぎる。歴戦のエロゲーマーにトドメを刺すのが、これだ。

 記憶喪失の主人公が目覚めたのは、12人の少女が生活する学校。お約束のハーレム世界、閉鎖空間、そいつをぶち壊すサイコパス。女を蕩かす催淫剤、連続陵辱スプラッタ、純愛、そしておもらし。文字通り読み手(=プレイヤー)を引き込み、問いを突きつけ、自分がやっている行為を無理やり見せ付けてくれる。読み手を、物語の消費者とさせてくれない危険な小説(注意:読者は安全圏でない)

 物語の役割は、現実のシミュレートだ。どんなに珍奇でありえない世界であろうとも、そこで展開される対話や行動は、読み手とつながっている。人が一切登場せず、たとえ非生物であったとしても、物語を受け取る人は、そこに自分を見ようとする。好悪や否定も含め、現実と比較しようとする。なぜなら、それこそが理解する即ち「読む」ことそのものだから。読むことを通じて、人は自分の欲望を充たしたり引っ込めたりする。リアルとは違って、真の意味でFREE PLAYなのだ。

 グロスで来るエログロに冷静な主人公は、それを読む"わたし"の異常性をあぶりだす。つまりこうだ。バラバラにされた肢体を前に、魚の腐った生臭い血潮の中、「正直に言うと、つまらない映画がやっと山場を迎えた時のような、ほんの少しの期待と喜び……そんなものを感じている」。まともじゃない。この感覚そのものが異常なのだが、正直に言うと、この手のジャンルを飲み食いする"わたし"自身、彼のように感じているのではないか。

 お約束の設定からめちゃくちゃに暴走する物語なのに、主人公と犯人の両方に"わたし"をシンクロさせる手腕は素晴らしい。劇物好きであればあるほど、危うい。この小説が危険なのは、"わたし"を物語世界に没入させるべく仕掛けるのではなく、「いま」「ここ」こそが、抜き差しならぬ暴力とエロスに満ちた世界であることを、わたし自身の感情を通じて証明しているところ。エログロに「退屈」を覚えているわたしこそがエログロなのだ。現実をシミュレートした物語を消費している"わたし"自身を、この物語がシミュレートしてくる。これは怖いデ。

 もとはゲームのノベライズという。これまで沢山のエロゲを消費してきた人が、最後にするゲームとなるのは、これだ。これをクリアする(=読み終える)ということは、「リアルという名のゲーム」と対峙する以外の全ての選択肢が消えてしまうのだから。

ホロコースト劇薬小説『ペインティッド・バード』

 戦争が子供に襲いかかり、子供が怪物に変わっていく話。

ペインティッド・バード エグいのに目が離せない、手が離れない、強い吸引力をもつ小説だ。TIMES誌の「英語で書かれた小説ベスト100」に選ばれている。

 「酒が人を駄目にするのではない、元々駄目なことを気づかせるだけ」という言葉がある。アルコールは本能をリミッターカットする。酒が個人に降りかかる狂気ならば、戦争は大衆を襲う狂気だ。10歳の男の子がサヴァイヴする疎開先の人々は皆、酔ったかのように本能に忠実だ。むきだしの情欲や嗜虐性が、目を逸らさせないように突きつけられる。目撃者=主人公なので、読むことは彼の苦痛を共有することになる。

 体験と噂話と創作がないまぜになっており、露悪的な「グロテスク」さがカッコつきで迫る。日常から血みどろへ速やかにシフトする様子は、劇的というよりむしろ「劇薬的」。スプーンくりぬかれた目玉が転がっていく場面は、狂鬼降臨のあの「抉り出される目玉から見た世界が回転していく」トラウマシーンを想起させる。白痴の女の膣口に、力いっぱい蹴りこまれた瓶が割れるくぐもった音は、今でもハッキリ耳に残っている。読んだものが信じられない目を疑う描写に、口の中が酸っぱくなる。耳を塞ぎたくなる。

 ペインティッド・バード(彩色された鳥)は、最初は遊びとして、次はメタファーとしてくり返される。生け捕りにした鳥を赤や緑色に塗って、群れへ返す。鮮やかに彩色された鳥は、仲間の庇護を求めていくが、群れの鳥たちは「異端の鳥」として攻撃する。その鳥は、なぜ仲間が襲ってくるか分からないまま引き裂かれ、墜落する。主人公は浅黒い肌、漆黒の瞳を持つ。金髪碧眼のドイツ兵がうようよいる戦地では、「反」ペインティッド・バードになる。

 暴力に育てられた子供は暴力を拠りどころとして生きる。自分が壊れないために、自分を欺く。同時代の戦時下をしたたかに生き抜く子供の話だと、アゴタ・クリストフ「悪童日記」を思い出す。これは、狂った現実を生き抜くために、受け手である自身を捻じ曲げる話。辛い過去や悲惨な出来事は、それを引き受けるキャラクターを生み出し、そいつに担わせる。

 この、過去を偽物にしないために、自分を嘘化するやり口は、「悪童日記」だとよく見通せる。続刊の「ふたりの証拠」、「第三の嘘」と追うごとに、過去を否定する欺瞞に瞠目するから。「ペインティッド・バード」では、そんなあからさまな相対化はない。だが、それぞれのエピソードごとに別々の「主人公」がいたのではないか、と読める。

 なぜなら、悲惨すぎるのだ。

 苛烈な虐待を受け続けると、普通は死ぬ。氷点下の河に突き落とされ、浮かび上がるところを押し戻され呼吸できない状態が続くと、溺れ死ぬ。真冬の森に放置されると、飢え死ぬか凍え死ぬ。だが、彼は生き延びる。次の章では誰かに助けられるか、まるでそんなエピソードは無かったかのような顔で登場する。これは、様々な死に方をしていった子供たちの顔を集めて、この「彼」ができあがったんじゃないかと。

 「彼」は著者に通じる。あとがきで幾度も「これは小説だ」と念を押したって、どうしても出自から推察してしまう。この本を出したせいで、彼は祖国から拒絶される。「ナチスのせいにされていたが、実は地元農民の仕業だった」虐殺を全世界に暴いたからだ。さらに、冷戦のあおりを受けて、親ソ的プロパガンダと扱われたり、反東欧キャンペーンの急先鋒と見なされたり、あちこちからバッシングを受け、命まで狙われるようになる。

 全米図書賞や合衆国ペンクラブ会長など、きらびやかな経歴をまとっている反面、物理的・精神的にも攻撃されるさまは、「ペインティッド・バード」そのもの。プロフィールの最後で著者の"墜落"を知って、うなだれる。

 これほど著者とシンクロし、その人生をねじりとった小説は珍しい。

こんな死に方は嫌だ『人の殺され方』

人の殺され方 日々に追われると、自分が死ぬ存在であることを忘れる。メメント・モリの実践。

 わたしは死ぬ、なぜなら、生きているから。どんな死に方になるのか楽しみだが、「こんな死に方は嫌だ」と心底・痛切に思うのが、「人の殺され方」。

 人は、列車に轢断されたり、ナイフで一突きされたり、散弾銃で撃たれたり、首を吊ったり、溺れたりと、さまざまなことが原因で死ぬ。これらの死に様は、轢死、失血死、縊死、溺死と呼ばれる。それぞれの現場を写したビジュアルは強烈だ。酸っぱいものを飲みこみ飲みこみ読むうちに、死亡の究極の原因が見えてくる。それは、「窒息」、すなわち細胞が新鮮な酸素をもらえなくなることだ。そのプロセスは多々あれど、結局は窒息なのだ。

 具体的に「見える」のもありがたい。「孤独死2週間目」「全身を強く打って」「頭を強く打って」「人身事故で」「線路内立ち入り」「メッタ刺しで」といったオブラートを剥がしてくれる。それぞれの事例の写真やイラストが添えられており、身体がどのように損傷したのか、どういう方向からエネルギーが加わったのかが、よく見える。最初は「なんだ、カラーじゃないのか」と不満たらたらだったが、読み進むごとに、ページを繰るのに勇気が必要になってくる。

 たとえば、散弾銃の威力をあますところなく伝えている一枚がある。2003年兵庫県の事件で、散弾銃を持った男が警官4名に向けて発砲し、2名が被弾したそうな。男は直後銃口を口に含んで自殺したのだが、その写真。頭部はそのままなのに顔面だけが完全に吹き飛んでいる。説明は、「その容貌はまるでグチャグチャに踏み潰したトマトにカツラをかぶせたようだ」とある。白黒の写真でホントによかった…

 あるいは、独り息を引き取ったまま、数週間放置された写真がある。腐敗ガスにより全身が膨張し、パンパンにふくれあがった巨人のようだ。このとき、泡状になった内臓により横隔膜が持ち上がり、肺が圧迫された状態になっているという。結果、眼が飛び出し、舌が膨れあがり、鼻と口から液体がにじみ出る。同時に糞尿も押し出され、体内の細菌や外来菌とともに腐乱パーティが始まる。白黒の写真でもインパクト大なり。

 どのような絶命バリエーションがあるかは、以下の目次から想像してほしい。

  第1章 死とは 脳細胞の死。死んでから
  第2章 窒息死 首吊り、絞殺など
  第3章 溺死 原因とプロセス
  第4章 毒殺 青酸カリ、フグ毒など
  第5章 刺殺・斬殺 その特徴
  第6章 焼死 犯罪と火。火傷
  第7章 感電死 感電による現象
  第8章 銃殺・爆殺 銃器と弾丸
  第9章 交通事故 その悲惨な実際
  第10章 虐待死 乳幼児への様々な虐待

死体のある風景 死ぬのは一回きりなのに、その形は実にたくさんある。読めば読むほど、「病死」や「大往生」のハードルが、どんどん上がっていくことを請け合う。穏やかに考えるなら、死を忘れないための3冊、キツく眺めるなら、「デス・パフォーマンス」か、「死体のある風景」を振り返ろう。

 死を忘れないために。

命がけのオナニー「デス・パフォーマンス」は劇薬 【成人・紳士限定】

 このエントリはエグいかもしれない。苦手な人は読まないことをオススメ。

デス・パフォーマンス 命にかかわる自慰行為や、ご家庭での頭蓋貫通、四肢切断愛好のレポート。ふつうのひとにはオススメできないが、好きな人にはたまらないだろう。興味本位で手を出すと吐ける。

 いきなり警告がつきつけられる。
【警告】 本文で紹介されたボディーモディフィケーション(身体改造)および性的行為を実践してはならない。もしここにあるような危険行為の衝動に駆られた場合は、セラピストの診療を受けて欲しい。論文寄稿者、編集者、および出版社は、読者が記述内容を実践した場合の責任を一切負わない。
 そうした「身体改造」や「危険な自慰」を追求した結果、死亡したり重い後遺症になったりした事例を、検証写真つきで再現している。もとはメディカルレポートや検死報告を元にしており、淡々とした筆致が異常性を際立たせている。

 快楽を追求するあまり自慰死に至った話は、おぞましく、こっけいで、かなしい。たとえば、32歳の男性。3人の父親で、ベッドの上で死亡しているのを11歳になる娘が見つけた事例だ。発見時、ストッキングと女物のセーター、ブラジャーを身につけていたという。やわらかいベルトで両手を縛り、口の中には生理用ナプキンを含み、頭と口にはピンクのブラジャーが巻きつけられていた。丸出しになった陰嚢にはタバコの火が押し付けられ、腫れあがっていたそうな。

 ここに物語を求めてはいけない。11歳の娘がどう感じ、反応したかは書いていない。その代わりに、現場の状況と検死から、自慰中に低酸素状態となり、呼吸をふさいでいたブラジャーを外すことを忘れ、窒息死に至ったことが解説される。もちろんベルトはすぐに自分で外せる状態にあったのだが、低酸素症が"ハイ"にさせたのだろう。

 他にも、ドアノブやクローゼットにロープを引っ掛けて「擬似首つり状態」で"ハイ"になりながら自慰をしているうちに、戻ってくるタイミングを逃し、文字どおり「逝ってしまった」現場写真がわんさと出てくる。「擬似」と称したのは理由があって、逝った当人たちは、ちゃんと脱出する手段を講じていたところ。両手を縛りながら、小さなナイフを隠し持っていたから。ただ、はずみで落としたり使うのを忘れてしまったようだ。こうした首絞め自慰愛好家たちを、エディプス・コンプレックスばりに解説する。すなわち、オッパイを飲みながら窒息するファンタジーを、オナニーをしながら窒息することで代替しているというのだ。

 首つりオナニーだけでない。トラクターや掃除機を使った斬新な方法が提示され、その犠牲者が語られる。古典的なコンニャクや、カップヌードル、ポッキーならチャレンジしたことがあるが、カワイイものだ。これらは限度を超えている、マネをしたら剣呑だ。
  • 一重機にすぎないトラクターにロマンティックな感情を抱き、名前をつけ、ポエムまで捧げていた男→女装して油圧シャベルに逆さ吊りになっている最中にバケット操作を誤り、圧死
  • いっぱいに切ったハンドルを固定し、同心円状にクルマを動かす。全裸+ハーネスでクルマと結びつけ、ちょうど同心円の中心でぐるぐるする特異な自慰→ハーネスがシャーシに絡まり窒息死
  • 掃除機を使った自慰+テーブルの足を抜き取って肛門に差込み、全裸+パンスト状態→うつぶせになって感電死しているところを妻に発見される
  • 14枚のブランケットを全身にぐるぐる巻いて、ガムテープで外れないように固定、その中でオナニー→無断欠勤を不審に思った同僚が訪ねたら、低酸素状態による窒息死しているところを発見される
  • 高速で回転している駆動ベルトに性器を押し付けて楽しんでいたところ、誤ってホイールに玉嚢を巻き込まれる→左玉喪失→あわてて大型ホチキスで縫合→傷口が化膿してグレープフルーツ大に
 異常のなかでも掃除機は普通かもしれない。吸引させるときの振動がエもいわれぬ快感をもたらすから。紳士諸君なら一度は試した/妄想した/経験したことがあるだろう。ノズルが小さくて入らない場合は、ノズルを外し、蛇腹のところを使うといいらしい。ただ、アレンジメントで女装+テーブルの足は、ふみきるのに勇気が要るかも―――もちろんこれは冗談だ、やってはいけないので、妄想だけにとどめておこう。

 しかし、こうした妄想を突き抜けているものがある。何ヶ月もかけてゆっくりと自己去勢した男の話や、自宅でドリルで頭蓋貫通することでニルヴァーナを目指す女、マタイの福音「汝よ、右目が邪魔なら、引きずり出してしまえ」どおり、自分で眼球を摘出してしまった少年の話をきいていると、わたしの想像力もまだまだだな、と思えてくる。

 特に、四肢切断愛好(いわゆる"切り株フェチ"やね)の突き貫けぶりはスゴい。自分で"切り株"になりたいあまり、尖ったステンレス針をハンマーで脛骨の芯まで打ち込み、傷口に鼻くそやアナル分泌液を流し込み、病菌に感染させたのだ。そして、望みどおり膿んできた足を嬉々として医者にみせ、合法的に外科切断を申し出たという。が、幸か不幸か、治療のおかげで切断せずに済んだという。

 もちろん、眼球を自分で摘出したくなったり、トラクターで自慰をしたくなったりにはならない。しかし、人の想像力がいかに倒錯した快楽を生み出すかは、感心するほどだ。昔の話を思い出す。ぼっとん便所のくみ出し口から侵入し、排泄している女性を覗こうとした男が、やっぱり低酸素状態による窒息死したという事件があった(都市伝説?)。それが「序の口」に見えてくる。

 命を賭けたオナニーが、ここにある。

プロフィール

Dain5

Author:Dain5
スゴ本より成人向のキッツいのを。
いいのがあったらご教授を。

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